pierce my heart/fin (spring story2022)

pierce my heart 33 rui side

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本当は今回の帰国では、京都まで、牧野のところまで行くつもりはなかった。全く時間がとれないから。けれど、牧野の見合い話を聞いて、急遽無理やり時間を作り出した。
牧野の職場近くのトラットリアでの待ち合わせだけど、それでも1時間すら時間がとれない。

先に来ていた牧野を見ながらテーブルにつけば
『綺麗になったぞ』
という総二郎の言葉がよぎる。
昼休みに出てきた牧野は仕事モードのスーツ姿だけど、以前より柔らかな雰囲気と綺麗なラインを作っていて、休日のユニセックスのラフなものとは違って、大人の女性を感じさせる。他の奴もそういう風に見ているかと思うと、今は惹かれるよりも苦しさの方が強い。

久しぶりに会うのに、近況報告すらそこそこで本題に入るなんて、雰囲気も何もない。頼んだ俺のコーヒーすら、まだ出されていない。

「総二郎から聞いた。見合いするって?結婚、したいの?」
「それね、上司からの話だから断れなくて、仕方なくだよ。とりあえず会うだけ」
そんなことか、という感じで言うけど、俺としては、とりあえずとかやめろと思う。

「やめな」
「は?」
「やめろよ、見合い」
「何でよ」
ボケた顔でのんびりとした雰囲気、相変わらず俺は友達エリアから出ていないのかと思うと、情けないというか、溜息が出そうだ。

「牧野は、俺のだろ」
「あの…………何言ってるの?意味、分かんないけど」
目を開いて、でも何バカなことをって表情で、きっと俺の気持ちなんて大して理解されていないんだろう。

「俺、ずっと牧野が好きだった。今も、ずっと」
今度は真顔ではっきりと口にする。そうでないと、きっと伝わらない。
「だけど、家のこととか会社のこととか、全部片付けてからって。適当になんて考えられなかったから」
さっきは開いていた口が閉じられて、少し切なそうに見えるその瞳は、どんなことを考えているのか。
「結婚とか、ホントはしたいとか考えたことない。ただ、将来のことも約束出来ないで、好きとか言いたくなかった。本気だから。だから……社長と、父親と話してきた。」

ここまで言うと、さすがに牧野も真顔になって、ただ黙ってる。
こんなことより本当に伝えたいのとは別にあるんじゃないかという気もするけれど、それを伝えるには、今日は時間がなさ過ぎる。

「もし反対されたら……牧野のこと反対されたら、家、出てもと思ってた。だけど、家とか会社とか関係ななく結婚も恋愛も好きにしろって。それに、牧野は優秀だから、弁護士として花沢に来て欲しいって」
何も言わない牧野に、迫る時間も気になって、言い訳のように続ける。
「牧野にとってはいきなりだよな。ゴメン。だけど、本当に牧野のこと好きなんだ。だけど……だから家のこととか、全部片付けてから言いたかった。適当になんて考えられなかったから」
「類………」
続く言葉を聞きたかったけれど、もう出ないとフライトに間に合わない時間で、
「本気だから、考えて。ゴメン、本当に時間とれなくて。もう行かないと」
と言って席を離れようと立ち上がった時、こちらを見上げた牧野の耳元が目に入る。変わらずアクアマリンのピアスがあるから、安心して、そしてこれまでのことがよぎる。やっとここまで来た。

その耳に触れて、堅くて柔らかい、その感触を確かめる。
「これ、つけててくれるんだな」
最後に髪に触れて、見上げた牧野の目に後ろ髪を引かれながら店を出た。


 
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