寝たふりしてる間に 8
「それ、イタリア語?」
ワインを飲む類は、リビングのテーブルで語学テキストを広げてる私の手元を覗き込む。
「うん。今度仕事でイタリアとやり取りがあって、勉強しとかないとと思って」
「あきらんとこは、イタリア関係の仕事、結構あるからな」
「そうなんだよね。フランス語なら類のおかげで多少はましなんだけどさ」
「だから…ウチにすれば良かったんだよ」
そんなこと言われても、当時は美作さんの方が何となく話しやすかったし……
「もしも類のとこに就職していたら、絶対同居なんて出来なかったと思うし、いいじゃん」
「なんで?」
こういうとこ、変わらず分からないらしい。
「だって、もし今、美作さんと同居してて、それがバレたら美作さん狙いの社員に殺される。ってか、絶対ばれるでしょ、総務に住所とか出すし、そこから絶対バレるよね、同じ会社で同居なんて無理でしょ」
そう言えば、納得したように苦笑される。
「類はイタリア語も出来るし、いいよね」
「そ?」
大したことでもないように言うのは、やっぱりその育ちからなんだよね。ホント、庶民からは考えられない。
「ちょっと教えてよ。発音は特によく分からなくてさ」
聞けばサラサラと、やっぱり流れるように出てくる。
その声もその唇も綺麗で、本来の目的を忘れて、ぼうっとなってくる。
「って、聞いてる?」
「あ、なんか………疲れちゃったみたい。お休みしよ」
「お前が言ったくせに」
類はソファに背を預けて、首をコキコキする。
「ごめんね」
言いながら私も隣に深くかけて、もたれるようにすれば、そこに倒れてくる類の頭。
同じシャンプーのはずだけど、何となくその香りにドキリとしてしまう。
疲れてるのか、そのまま視線を下げて
「パワー、チャージさせて」
と目を閉じる。伏せていく目蓋の影も、閉じた睫毛の長さも、そこから続く通った鼻筋も、つい見入ってしまう。
整いすぎてて、黙っている類のこと、怖くなくなったのはいつからだろう。
「私も…パワー、チャージさせてもらおう」
そっと隣の頭に、私のそれを寄せた。
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