あなたが寝てる間に 6
自分の気持ちに気がつけば、これまでのことにも我が事ながら納得がいく。
俺は牧野が好きなんだ。
そもそも一緒に住みたかったのも、司と別れたのを後から聞いたのが気に入らないのも、そういうことなんだ。
今になって気づくなんて、いつもワンテンポ、ズレてんだよな。
かつてはそのせいで牧野とすれ違ったのに。
今度こそ指をくわえて見ているなんてしない。
牧野は俺の。
だとすれば、やることは決まってる。
「受け入れられるように状況を整えるんだな、自分で」
父の言葉が、今更響く。
仕事は嫌いじゃない。目的もなすべきことも明確だ。
だけど、こなすべき事としか考えてなくて、必死になるなんてことはこれまでなかった。
特に人との折衝事はことごとく避けてきた。特に女とは業務上の付き合いであったとしても、なるべく避けてきた。
牧野以外の誰かを、と真剣に考えたこともあるし、女すべてが嫌という訳でもないが、俺目的なのが丸分かりのヤツが多くて、嫌気が差したんだ。
その日も最悪だった。
事業の打ち合わせなのに、担当外の取締役の娘が同席。
現場視察があるにも関わらず、ハイヒールと膝上スカート。その上ヘルメットを着ける現場には入らないって、仕事になってないし、馬鹿だろ。
「スケジュールが押してるとのことですが、ご説明いただいた資材の発注状況について提示くださいますか?」
嫌味で聞いた質問に、彼女が答えられる筈もないけど
「それは私のところで管理することではないので」
と笑うなんて、そんな場合じゃないのに何しに来てんだと思う。
それでも相手先企業の社員だから、むげにも出来ない。
当然のように、視察後の親睦を深めるためなんていう会食にまで、その女はついて来た。
「類さんは、休日は何されてるんですか?私は……」
どうでもいいことを延々と話す女には、ホント辟易する。
キチンと仕事の出来る女性もいるが、そういうのは大抵担当者レベルで、役職がついてるのに仕事の出来ない女に限って、この手のタイプなんだ。偉いさんの娘だから、女の上司も正面きって注意出来ないんだろう。
ひとり心の中で溜息をつく。
「失礼ですが、ちょっと席を外させていただきます」
隣の課長が煙草を軽くあげながら席を立つ。喫煙してくるということだろう。
「私もちょっと」
煙草なんて吸いたいと思ったことはないけど、この場から離れたくて、胸元を押さえながら、さも煙草を吸うかのように席を外す。
まとわりつく女の視線を感じながら、喫煙スペースへと課長の後に続くように入る。
「花沢さん、煙草なんて吸いましたっけ?」
「いえ…今日から、ですね」
課長の問いには、そう答えた。
今度から煙草は用意しておこう。こうして席を外せるなら何でもいい。
今まで気が向かない会食は極力避けてたけど、「状況を整える」ためには、こんな女との付き合いも我慢するしかない。
「モテるのも…大変ですね」
苦笑する課長は、社長の息子なんて面倒な俺の上司を引き受けてくれるだけあって、仕事も出来るし懐も深い。
「早く出世してください。会食の種類も相手も選べますよ」
そうしてニヤリと課長は笑った。
「そうですね。ただ…能力も無いのに肩書きだけついても、今日の彼女と同じになるんで、もう少し課長の下で勉強させてください」
「そう言ってもらえるなんて、お世辞でも嬉しい」
「いや、本心ですよ」
そこで課長は短くなった煙草を消すと、俺へと封を切っただけのひと箱を差し出してきた。
「これ、一応持ってないとオカシイでしょ。俺ヘビースモーカーなんで、予備の必ず持ってるから、どうぞ」
「ありがとうございます」
確かにそうだ。俺は遠慮なくそれを受け取ると、胸ポケットへと入れた。
「花沢さん、お嬢様の相手をあと少しだけしましょうかね」
「はい」
俺たちは先ほどの席へ戻るために、喫煙スペースを出た。
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