あなたが寝てる間に 7
それから、俺にとっての牧野との同居生活は、甘苦しさを含むものになった。
前に彼女を好きだと思った時は、これほど近い距離感ではなかったし、『幼馴染みの彼女』という関係性が自分自身を抑えていた気がする。
だけど今は…
キチンと朝昼晩食事をする牧野は、俺のまでキッチリ作る。自然食べない訳にはいかず、俺まで規則正しい生活。
そうして一緒に時間を過ごすと、生活の中に牧野は入り込んでて、牧野が使ったキッチン、牧野が使っ
た冷蔵庫、牧野が使ったバスルーム、すべてに牧野を感じる。
起きて最初のおはよう、皿の手渡し、コーヒーを入れる俺の肩に触れる手、出かけるときの笑顔、時々は寝坊してバタバタと小走りで俺の横を通り過ぎる時に揺れる髪、お帰りという微笑み、湯上がりの後れ毛、眠そうにとけた瞳。
近い距離で、触れても拒否されることなんてなくて、ついもっとと思う。
だけど、これほど近い距離感だから、前に好きだと言った時よりも、ずっと肉欲的な欲望を含んでる。伸ばしたくなる手を我慢するだけで精一杯だ。
触れて、もっと触れて、どこまでも俺のものにしたい。この間から、友達なんて気持はもうない。
『受け入れられる状況』ってヤツを整えるために、無理して人に合わせて、すり減らして帰る夜中は、牧野に触れたくなる。
もう何年もこうしてそばにいるだけで、思い切ることも出来なくて。男としての普通の欲求もあるし、他の女と適当にすれば、とすら思う。だけど、そんな器用には出来ていないらしい。やっぱり、他の女じゃソウイウ気になれないんだ。
権限などない俺が、仕事の相手も内容も選べる訳もなく、付き合いの食事の後には、1秒でも早く帰りたかった。
特に今日の女は最悪だった。さすがに触れはしないものの、俺に酒を注ぐという名目で体を寄せてきて、いっそ触ってくれでもすればクレームもし易いのに、と思うほどだった。
ただ…髪が、後から見た髪から肩にかけたラインが、牧野に似てた。ストレートの黒髪に、小柄でやせ型。
だから、ついフラッとしたんだ。
望まない宴席でも酒は入るし、疲れていたのか、いつもより酔いが回っていた。
休んでからシャワーをと思ってリビングのクッションに体を預けた。ふと香る牧野の香りと気持ちのよいクッションの感触に、もう何もしたくなくなった。
体が揺れたとき、今度はフワフワとした感触が頬にあたり、一層強い牧野の香りに包まれて、あぁもっと、と思って掴み取る。
腕の中の温かさと香りを見れば、触れたかった牧野で、夢でもいいかと目を閉じる。
抱き締めて触れたそれは、温かで柔らかで牧野で、唇に触れた肌を味わいたいと思うのは、男のしての欲求そのままだ。
だけど、そこで強く衝撃を受ける体。
「類!寝ぼけてる!?」
そこではハッキリと目が覚める。
目の前には、戸惑って少し怒ったような牧野で、自分が触れて唇を寄せたのが、目の前の現実なんだと知る。
「……あ、ごめ……なんか……間違った……」
そう、間違ったんだ。想像の中だけで、触れることを許されたような気になって、引き寄せてしまった。
「⾵呂……⼊ってくる」
バスルームに入り、強めの熱いシャワーを浴びる。
溜まってんだよな、色々。
我慢することが多くて、ストレスばっかだし。何より、今まで我慢しなかった人間関係、女の相手、ヤなことばっかなのに、好きな女には触れられなくて。
俺は溜息とともに、シャワーを浴び続けた。
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