あなたが寝てる間に 8
その後の牧野は、どうも俺を避けている様子だった。
それはそうだろう。信頼してくれてるからこそ同居もしてくれたはず。なのに、この間の夜は、本能のままに唇を寄せてしまった。
半分寝ていた俺は、その感触は夢うつつでしか覚えていない。
そんな牧野をなんとかしたくて、あきら、総二郎と4人で会うことにした土曜日。
「お前…前よりイイ感じだぜ」
総二郎に言われて、照れたように少し頬を赤らめてる牧野に、苛つく。
普段はラフな服装のくせに、今日はウールジャージーのスカートに柔らかな素材感のボウタイブラウス、スモーキーパープルのモヘアカーディガンなんて女性らしい服装で、話す三人の外側から、ついその胸元やうなじを見てしまう。
このメンツで、そんな格好する必要ないのに。
ブラウスから覗く牧野の白い首筋は、女性らしくて艶やかだ。
そこに触れたのに、その感触を覚えてないなんて…
見ているところを悟られたくなくて、視線を足下に向ければ、今度は細い足首が目に入り、そこからも目を逸らす。
話の流れで、同じ会社の奴が
「牧野さん、いいって⾔ってたぜ」
なんて余計なことを、あきらが言えば
「そっかあ…えへ、嬉しいなあ。その⼈、いい⼈だったんだよね……モテてる?」
とニヤつく牧野にも、またイラッとくる。
いわゆる普通の男ってだけで、モテて喜ぶなんてオカシイだろ。
司とのことで、『普通ではない男』に思うところがあるのは分かる。
だけど、俺は司とは違う。あいつと同じように、好きだからと押して押して押して…なんて出来ない。
でも、だからこそ、牧野とのこと何もかも受け入れられるようにしたいんだ。もう周囲の思惑で彼女が苦しまないように。
そんな俺の思いに気づくわけもないから、政治家のパーティーで司と会う話をしながら
「会いたいな」
なんて、牧野は、はにかんで思い出したりしてる。
それだけで、別れても司はやっぱり牧野の特別なんだと再確認して、苦しくて
「俺も⾏くよ」
そう言ってからは、もう口を開く気にならなかった。
ボンヤリと眺める二人と牧野の距離感は、俺とのものと変わりはない。
牧野の中の俺って、昔から変わらないのだろうか。今ではあきらや総二郎と同じなのか。
いや……さすがに俺だから同居したんだろう。だけど、それは逆に俺を男として意識してないってことなのか。
あきらたち二人とばかり話して、俺とのことなんて意識もしていないようだし。
俺は、ただ三人の会話が通り過ぎていくのを聞いていた。
牧野と乗り込んだ帰りのタクシーの中、司とのことを知りたくて、話を向ければ
「気まずさは、そりゃ多少あるけど、それでも、会いたいよ。友達では…いたいし。別れても……そう、
嫌いになった訳じゃないから」
なんて言われて、また苦しくなる。分かってるけどさ、司が特別なんて。
好きだと言えばいいのだろうか、好きで、好きで、と司のように……
そんな柄にもないことを考えては、また否定する。言うだけならすぐにでも言える。だけど………やっぱりそれには二の足を踏むんだ。
だって、牧野が受け入れてくれるなら、ずっと一緒に居たい。だからこそ、ちゃんとしたい、牧野とのこと。
そんな思いは届かないんだよな、今は。
タクシーの中、眠ってしまった牧野と俺との距離は遠かった。
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