あなたが寝てる間に (spring 2023)

あなたが寝てる間に 19

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年度末、事業実績についての会議や書類作成が多く、いつも以上に忙しい。疲れるは疲れるけど、余計なことを考えなくていい。
ひと通りの入力作業を終えて、コーヒーへと手を伸ばす。社のコーヒーは美味くない。
自宅でのコーヒーが飲みたい、そう思ったところで、また思い出してしまう、牧野のこと。

もう何年も牧野のそばにいるだけで、彼女への気持ちを思い切ることも出来ない。
牧野と出会う前、ずっと静が好きだった。好きで、苦しくて、それでもあの時は真っ直ぐに気持ちを伝えることが出来た。結局は上手くいかなかったけれど、心を押し殺して延々鬱々とするようなことは無かった。
だけど、牧野は………司の彼女で、駄目だと分かっていても気になって、いっそ忘れたいと思ってた。距離をとらなければと思っても、一切関係を絶つなんて出来なくて、少しずつ忘れられるようにと思っていた。
そんな時、牧野と司は別れた。

司がもし牧野と同じような境遇、もっと違う出自だったら二人はきっと幸せな結末だったはず。
その司と同じような育ちの俺が、彼女を安易に欲しいというだけで手を伸ばしていいのか……そう考えると俺には出来なかった、好きで、好きで、彼女を傷つけたくなくて。
家や仕事を理由に離れたり我慢したりすることはないのだと、俺は司とは違うのだと、ハッキリさせたかった。

それでも、あの夜……触れた彼女の柔らかさに、つい手を伸ばしてしまった。牧野もおずおずと、でも確かに俺の手を選んでくれて、躰を重ねた。

なのに、翌朝には、間違った、流された、酔っていた、と言ってた。
どうすれば良かったんだろう。あの朝、牧野がどう思っていようと、俺は好きだからと伝えれば何とかなったのか。

牧野以外とこの先の一緒にいたいと思うことが出来るだろうか……二人での毎日は柔らかで明るくて、牧野しかいないという確信、どうしても欲しいという思いしかなかった。
そんな気持ちをそのまま伝えれば、牧野のことだから、俺との同居は出来ないと、出ていくと言うだろう、そう思って、気が向いたらシようと言った。

本当は牧野だけしか欲しくなくて、ずっと苦しいくらいに他の誰かじゃ駄目で、だけどそんなことは言えなくて……今でも時々もう楽になりたいと思うことすらある。
普通が良いという牧野は俺を受け入れてくれるのか?分からない…牧野のこととなると、これまでの俺の価値観は全く通じない。


なのに、一度触れてしまえば止められなくて、あの夜から深夜の帰宅時には、つい寝入った牧野に触れたくて……触れれば尚苦しいのに、止めることが出来なかった。中毒のように牧野を求めてる。
そんな時ふと目を開けた牧野は、他の奴を考えながら俺を求めた。
だから、それでもいいと俺も受け入れてしまった。


妊娠、か………牧野とシタのは2回だけ。だけど……絶対にその可能性がないかと言うと、自信はない。そのままシテしまっているし、あきらの言うとおり絶対はないんだから。

確かに、牧野は器用に何人もの男となんて、出来るような女じゃない。
だとしても、誰かの代わりに俺と寝たってことはあるだろう。だから迷惑をかけないように、と俺から距離を取って出ていった、ということは十分考えられる。自分のことより、他の奴を、俺のことを考えるような奴だから。
例え他の男のことを考えていたとしても、俺との間のことなら……やっぱり俺は牧野が欲しい。司だから、幼馴染みの彼女だから、と我慢してきた。だけど、よく分からない男なら、ましてや牧野がこんなことになってる時に、放っておくような男なら、牧野は渡せない、絶対に。


ふと自嘲的に笑ってしまう。本当に牧野に関して俺はプライドも何もないなと思う。
ずっと好きだった静。だけど、静の時は一度諦めた。多分あの時牧野に背中を押されなかったら、諦めたまま、静の後を追いかけるなんてしなかっただろう。
だけど、牧野は……牧野だけは、司のことを好きな時でも、司がいるのだからと言い聞かせていた時も、好きでどうしようもなくて、友達のフリをしながら近くにいる、そんな格好悪いことも厭わずにいられた。
司と別れた時には、絡め取るみたいに言いくるめて、俺の部屋に住まわせて……ズルくて格好悪くて取り繕うことも出来ないくらいに好きで……だから、もう何もかもどうでもいい気がする。とにかく俺はどんなになっても牧野が欲しい。牧野しか欲しくない。


[会いたい。なるべく早く]
俺はメッセージを送った。


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