聖女の法悦 15
送ってくれるだけ、と思っていたのに、パーキングに停めて当然のように西門さんも車のドアを開けた。
送るだけでは?という思いで、外に出る彼を凝視する。
「茶ぐらい飲ませろよ」
「何言ってんのよ。駄目に決まってるでしょ」
すぐに断りの言葉が口を突く。
なのに、私の言ったことなんて聞かなかったようについてきて、肩にその手が触れると、またジワリと悦ぶ自分がいる。この躰が彼の滴るような甘さを覚えている。
そこで、まあ今日ぐらいいいか、と思ってしまう。
道明寺と別れてからひとり暮らしを始めたこの部屋に、不意に来るのは類だけで、その類は海外に行っていて、帰国は3日後と話していた。
「何だよ、たまにはいいだろ」
「だから、駄目だって」
続く言葉に、また否定するような返事をしても、もう本気じゃない。
西門さんのこと、嫌じゃない。そしてこの男はそれを分かってる。きっと私以上に。
それにしても、西門さんは私とのことをどうしたいのだろうか。
つきあうって、誰にも知られないようにってこと?
そこでちょっと傷ついた気持ちになって、どうしちゃったのだろう、私。
そんなの当たり前なのに。彼との将来は無いし、だとすれば遊びとは言わなくても、本気ではない。
元々は私だってソレだけ、一時だけの関係と割り切ってた。
なのに
「冷てえなあ『忘れられないの』って言われてえのによぉ」
なんて言われて、腰に回る手や触れる体に、ついもう少しと思ってしまう。これ以上は駄目なのに。
今日はいいか、なんて思ったところで受け入れてるんだよね。
「もう、ウチの近くで……やめてよ」
私は観念して言った。今日は、今日だけは……いや今日までにしよう、絶対。
「分かったから、お茶だけだよ?それ以上は……」
鞄の内側のポケットをチラリと見て、部屋の鍵を出す。その鍵を手に、部屋へ向かって顔をあげたところで目に入る見慣れたシルエット。
部屋の前で待つときはいつも少し俯いてて、私の方が先に気づくのに、今日は西門さんに気を取られて、彼の方が先にこちらを見つめていた。
変わらず綺麗な瞳と目が合って、言葉も動きも止まる。
海外に行っているはずの類が、そこに佇んでた。
「牧野……?」
名前を呼んだ彼の目は暗くかげっていて、何か言わなくちゃと思うのに何も思いつかない。
「どういうこと?」
その言葉で、考えるより前に手が隣の西門さんを押し離していた。
「総二郎と………そうなの?………」
続けて言われて、何も出来ずにただ立ちすくむ。
まばたきすらしていないように感じるほどジッと見つめられて、胸が押さえつけられるようで声も出ない。
「流されて、とか………そういうこと?」
いつもより低い声と見据える眼差し、自分の鼓動は激しくなるのに、頬と唇、指先まで体の全てが冷たくて、ギュッと手を握りしめた。
黙っているだけの私に焦れたのか、類は視線を西門さんへと移す。
「総二郎……」
西門さんを巻き込んじゃいけない、何か言わなくちゃ、と弾かれたように私は口を開く。
「西門さんは悪くない。私が誘ったんだから」
そう、そうなんだ。私が誘ったんだから、西門さんが責められることじゃない。
類の目は歪んで、いつもの澄んだ色は無い。そんな目に私がさせていると思うと、胸が苦しくて息が吸えなくて、また言葉に詰まる。
何か言おうと動く類の唇。出される言葉が怖くて、体が震える。
「類!付き合ってる訳じゃねぇのになんか言えるのかよ。誰と何をしようと、牧野の自由だろ」
「総二郎……俺が牧野のこと好きなの知らなかった?」
一層低く、ボソリと洩れたのは聞いたことがない色合いの類の声だった。
「で?お前も、俺がこういう奴だって知らなかったか?それがたまたま牧野だっただけだろ。何で彼氏でもねえお前に、何か言われなきゃなんねぇんだよ」
「西門さん!」
私と類の問題なのに、という思いで西門さんを止めた。西門さんは巻き込まれた方で、責められるべきじゃない。
苦しさに目を伏せながらも、何とか口を開く。
「大切なんだよ?類のこと。でも…」
向けられる気持ちが辛くて、応えられないことも辛くて……そんなことをどう言えばいいのか、傷つけない言葉を探して、また口ごもる。
「類、好きな女追い詰めてどうすんだよ!」
私を庇うように西門さんが声を出した。
いつかこんなことを伝えなくちゃいけなかった。でも、その時隣にいるのは西門さんなんて、類が傷つくこんな状況にするなんて。自分の手に余るような西門さんとの関係にはまって、どうにも出来なくなって、自分の欲望で類を傷つけてる。
少しの沈黙の後、吐息を落として類が言った。
「総二郎のこと、好きなの?」
類はいつも口数が少なくて、その分大事なことだけしか言わない。
その真っ直ぐさに、直視できなくてまた目を伏せて
「類……」
呼び慣れた名前を口にして、次の言葉を探した。
「いい」
強い口調に顔をあげると、今度は類が顔を伏せてて表情はよく分からない。
「わかりたくないけど、わかっちゃうんだ、お前のこと。何も言うなよ」
苦しげな声が私まで苦しくする。そんなの自業自得で、苦しくなるとか言えないほど酷い女なのに。
顔なんてあげられなくて、靴の先を見ている間に、いつもより早い足音が聞こえて、すぐに消えた。
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