[牧野 ×類]

もう一度(仮) (Rui’s birthday2024)

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花冷えの春だった。
年度が変わる3月、沢山の人が溢れる中で待つ区役所。
「123番のお客様」
呼ばれた番号の用紙を出しながら、窓口に立つ。
「手続きは終わりました」
「ありがとうございました」
呆気ない最後だった。区役所の人も淡々と手続きをして、淡々と終わる。
そりゃそうだよね、離婚なんて結婚と違って何か言って、怒りを買ったりしかねない。

私は新しく買った安物のリングを、少し前に外した結婚指輪の位置にはめた。
もう結婚はしないという気持ちとともに。

今年、3月始めには例年より気温が上がるのが早かったのに、月末近くなって温度は冬に戻ったかのように低かった。備え付けのテレビでは、桜の開花はいつになるのか、なんて気象予報士らしき人が繰り返し話してる。

そういえば、最後にしっかりと桜を見たのも、こんな寒さが戻る春だったなと思う。
今日と同じ3月29日。
明確に覚えているのは類の誕生日の前日だったから。




最後に桜を見た春、それは私がNYに行く予定の年だった。
「今年の桜は遅いね」
「だな。いつもは卒業式の時期だけど、今年は入学式かな。牧野はNYに行く前に見られなそうだね」
「うん、そう、だね。今年は一緒にお花見出来ないね」
NYに行くのは結婚の為ではなく別れのためで、すぐに帰ってくる……とは言えなかった。

「あ、でも数輪は咲いてるよ」
寒空の曇った中、僅かに桃色の花びらがのぞいていた。
「だな」
「類は仕事、忙しいの?」
「まあね。でも司ほどじゃないけど」
「4月始めまでは日本にいるから、NYに行く前に咲いたら、お花見しようよ」
ごく普通の体で私は話した。

「うん、出来たら、な。それより、もう支度終わったの?」
「さほど持つもの無いから」
「司に買ってもらえばいいしな」
いつもと変わらない口調からの類の問いに、曖昧に笑うしか出来なかった。

「じゃあ、またね」
「あぁ」
会話の最後は、これもいつもと同じやり取りだった。
でも、それが最後に交わした言葉だった。




次に私がかけた電話にも、送ったメッセージにも、類が返事をすることはなかったから。
後から聞いたのは、ヨーロッパに赴任したことだけ。

何も言わずに行ってしまった類に、私から連絡することはなかった。
最後に彼を見たのは、1年前の道明寺の結婚披露パーティーの時。
道明寺と新婦さんを囲むように、いつもの3人がいた。
律儀に招待してくれた道明寺。私は遠くから見ただけで、会場を後にした。
類が、それより1年前に結婚していたのはら何かの記事で知っていたし、私はそれより前には結婚していた。




区役所のテレビの前で、そんなことを考えていたら、何となく学生時代が懐かしくて、あの頃に戻れたらなんて考えてしまったら、無性に桜が見たくなった。
開花予報では、早いところは東京でも咲いているらしい。
最後に見た英徳の桜は、日当たりのいいところの木は咲いていて、きっとどれかは咲いているはず。
そう思ったら、足が自然に英徳へ向かっていた。

「卒業生の牧野と申します。卒業証明書をもらいに来ました」
適当な理由をつけて、私は校内に入った。
昔と変わらず贅沢な造り、広大なキャンバス。駐車場には黒塗りの車が数台停まってる。
道明寺や類たちみたいな学生が、今も優雅に歩いてる。


類がいなくなって、道明寺と別れて、私は大人になった。
好きとか嫌いとか、幸せにするとかしないとか、そんなことばかり言って、結局好きだった人とも、好きな人とも一緒に居られなかった。
別に玉の輿に乗りたかった訳じゃない。ただ友達でいいから類と居たかった。

道明寺と幼なじみの類。あの頃、道明寺と別れて類とどうにかなる、なんて考えられなかった。だけど、友達ですら居られなかった。

結局、彼らと私では世界が違う。身の丈に合った、普通の人と普通の幸せが一番なんだって、私は思ったんだ、あの時。
だから、その後アプローチされた取引先の彼と付き合って、普通に交際して、普通にプロポーズされて、普通に結婚した。
ただ、その後、普通に浮気されて普通に離婚するところまでは予想してなかった。

そう、普通の人と普通に結婚したからって、普通に幸せになれる訳じゃない。
だとしたら、あの時類に言いたかった、好きって。
きっと何が変わるわけでもなかっただろうけど、こんな風に類を思い出すことはなかったはず。
だけど、こうなってみて考えると、どうせなら、好きなようにすれば良かった。思いを伝えれば良かった。
それで上手くいかないなら、その方が、何もせず会えなくなるよりずっといい。
やらなかった後悔より、やった後悔の方がずっと良かった。




そんなことを考えている間に、桜が目に入るところに来ていた。
思った通り、満開ではなくても、日当たりがよいところの桜の蕾が開いていた。
同時に、そこに佇む懐かしいシルエットが目に入る。
遠目でも分かる、背が高くて頭が小さくて、おまけに柔らかなラインをつくる色素の薄い髪。陽の光の角度で黄金色にも見えそうな彼。

『どうしよう』

ただ驚いて凝視したまま立ち竦み、最初にその言葉が思い浮かぶ。
私には何も言わずに行ってしまった人。もう会いたくなかったのかもしれない。
だとしたら、話しかけずにいる方がいいかもしれない。
でも……


そこでさっきの思いが蘇る。
普通にしてたって幸せになんかなれなかった。
しなかった後悔より、してしまった後悔の方がずっといい。

そう思ったとき、綺麗な横顔がゆっくり動いて、こちらを見た。私は見入ってしまって動くことが出来ない。
ゆっくりと近づいてくる彼に、私もまた近づく。

「類」
私は先に声をかけた。どうせなら私から話したかった。


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