あなたが寝てる間に (spring 2023)

あなたが寝てる間に 29

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「どういうこと……」
ウチに戻ると、呆然とつぶやく牧野。
壁の薄いあの部屋に持っていっていたカップも、彼女の服も、何もかもウチに移動されているからだ。

俺は当たり前という感じで、軽く
「荷物、移動しておいた」
と答えた。

「何で?どういうこと?!」
ニコリと笑って言ったのに、さすがに丸め込まれず、牧野からは怒りの言葉が返ってきた。

「牧野の部屋の音、すぐには何ともならないって言われたからさ。あ、敷金は全額戻るし、礼金は半分返すってさ。超短期しか住んでないからって。ラッキーだな」
俺は、ついでにもう一度笑って言ってみる。

「ラッキー!………じゃなーい!!あのさ……」
そこから先、牧野は何か小言を言いながら、キッチン、リビング、寝室と覗いていった。
「ベッドがない……私のベッドと布団は……」
と言うから、寝室は俺との同じ部屋だと言えば赤くなって、またブツブツ言い、寝室横のクローゼットを見ては
「なんで私の服がこっちのクローゼットに?」
とかつぶやいた後、俺に向かって、何か喚いてた。
俺は面倒くさくて、ただフンフンと頷いて聞き流した。

「いいだろ、別に。元に戻っただけだし、牧野いないと、俺、部屋なんて眠れればいいだけだから。ちゃんと生活しろって言うなら、牧野がウチに戻るのが一番」
「でも、紹介してもらった手前さ…」
「だとしても壁薄すぎだろ。牧野がウチに来ないなら………俺があの部屋に越すけど、いいの?」
「それ、何の解決にもなってないじゃない」
「そうだけど、俺は音とか気にしないから。牧野の声ただ漏れだけど、仕方ないよな」
そう言うと少し口ごもる。
「そりゃ、私の声は大きいけどさぁ…」
俺が言ったのは、夜の声のことだけど、そんなのは伝わってないみたいだ。

それでも文句を言うテンションは下がってきて、俺の言うことに流され始める。ホント牧野って、チョロ……いや、素直だよな。
「大体、ウチより快適なところなんて、ないだろ?それに、牧野が居る方が俺の食事レベルも生活レベルもあがるんだけどな…一人だとどうでもいいし…」
と言ってチラリと見れば、困ったように、でも仕方ないなってブツブツ言いながらも、頬は緩んでる。
考えてみると、牧野って俺のお願いは結構聞いてくれる。愛されてるな、俺。
自然に笑みが洩れて、またチラリと牧野を見れば頬を染めて目を泳がせながら、でも口元は緩んでる。
あとひと押しだ。

「俺のこと、心配してくれるなら、ウチに戻ってきて」
見つめて言うと、視線を落として
「仕方ないなぁ……もう……」
と背中を向けながらも、牧野からは小さな声が聞こえた。



「あ、他の男に送ってもらったりするなよ。どうしても必要なら、俺、呼んで」
話題を変える意図もあって、緩く牧野を後ろから抱き寄せて俺は言った。
同じボディーソープを使っても、俺よりずっと甘い牧野の香りがして、息を深く吸い込んだ。
以前感じた少しの嫉妬。その言葉に、うなじを染め、照れて黙る牧野。こんなところを見られるなら、嫉妬を伝える意味があるなと思う。

一緒にいれば触れたくなって、触れればすべてを重ねたくて、欲しくなる。
もう、手放せない。絶対に。
俺は、牧野を寝室へと引き入れた。


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